月組公演『万華鏡百景色』を観ました

こんばんは!随分前になってしまいましたが、月組公演、東京詞華集(トウキョウアンソロジー)『万華鏡百景色』を観ました。ヅカオタ期待の若手演出家・栗田優香先生のショーデビュー&大劇場デビュー作品!

あまりに楽しすぎていつも通り書いたらえらい文字数になったため、全体の所感と特に印象的だった地獄変の場面にフォーカスした感想をお届けしたいと思います。

ネタバレしかないので観劇後に読んでいただくのがおすすめです。もしよろしければお付き合いください!

 

【目次】

 

①全体の所感

今回のショーの見どころは、やはりその艶やかな世界観!江戸時代、互いに想い通わせながらも儚く散った月城かなとさん演じる花火師と海乃美月さん演じる花魁が再び結ばれることを夢見て、令和に至るまで東京の街で輪廻転生を繰り返すというオタク大好物設定。花火師と花魁の100年の恋とかみんな大好きに決まってんじゃんよ。

そこに花火師が花魁に贈った万華鏡の「付喪神」という存在がナチュラルに登場するのもすごく面白かったです。付喪神はトップコンビの恋物語を見守る存在で、物語に大きく干渉しないもののいわゆる狂言回しのような異質な立ち位置にいます。その視線を観客が共有することでより一層作品の世界観に深く入り込むことができるようになる。演劇的手法としてよく見受けられる物語を客観視する枠組みをショーでこれだけしっかり取り入れているのがとても新鮮に感じました。

トップコンビの恋のキューピッドとも呼べる付喪神を担うのは鳳月杏さん!ちなつさんの洗練された所作はその場にいるだけで存在に神秘的な説得力をもたらし、神様と言われたら素直に信じてしまうので、本当にぴったりの配役でした。手の表情のうつくしさが活かされた振付の数々にオタクはいつもめろめろです。ちなつさんってきっちりと着込めば着込むほど艶が増すタイプだと思うので、今回も常に色香がひたひたに滴っていて眩しい。


現実と物語が交差するシームレスな構成

ショーは江戸から令和まで実際の時代の流れに従って場面が進んでいきますが、芥川龍之介『舞踏会』『地獄変』、ブレヒト三文オペラ』などの物語の要素を掛け合わせ、現実と虚構が入り混じる構成になっており、その奥深い多層性にも唸ります。

そのクレバーな構造を支えるのは場面場面のつなぎの滑らかさ!見ていてめちゃくちゃ気持ちいい。観客の集中力が途切れることなく作品に深く没入できるシームレスさは栗田先生のこだわりとのこと。花火、菊、傘などの各所で出てくるモチーフの重ね方も大変上手く、よく練られた構成に感心するばかりです。先述の演劇的手法の取り入れ方を含め、『夢千鳥』、『カルトワイン』と演出家デビューから常に名作を生み出し続けてきた栗田先生の手腕が光っています。

そして、"東京詞華集"と銘打たれた通り、この作品の舞台である「東京」の表象も興味深い。現在、上演中の東京宝塚劇場公演では、観劇後に現実との接続感がより増して、作品が面白く見られるのではないでしょうか。みんな大好きフィナーレの『目抜き通り』なんてドンピシャで銀座が舞台ですしね。大階段を娘役を引き連れて降りて来られる鳳月さんが色めきすぎて毎回困っています。あと、個人的には幼い頃から慣れ親しんだCLAMPの世界観すぎていつもキャッキャしてます。こちとらXが一番好きなオタクなんよ。(実際、このショーの「東京」には土地の香りを感じるような23区外や下町は含まれておらず、かなり都会的な印象を受けます。常に移り変わっていく東京の街の表情は各時代の土地の固有性というよりも日本の全体性を象徴するのかもしれません)


月組の芝居心が活きる群衆芝居の数々

完全に目が足りねぇ!観劇中だけミャクミャクさんになりたい!と暴れ回りそうなくらい最高の群衆芝居がこれでもかと見られるのもうれしい限りでした。

先述の通り、トップコンビが輪廻転生を繰り返しているのですが、群衆たちにも輪廻転生の設定が活きており、さすが芝居の月組と言いたくなる群衆芝居がそこらかしこで繰り広げられています。一人一人の設定全部知りたいし、全員見たいのですが、ここで特にわたしが注目している下級生を少しだけご紹介させてください!

まず、研1 、109期の梨乃すずらんちゃん!明治時代、風間さんの点灯夫の場面で100期の空城ゆうくん(がっち)のやんちゃな息子役で抜群の芝居心を感じさせながら軽やかなダンスで魅せてくれています。愛くるしいってこの子のためにある言葉なのかもと思わされる娘役さん。幼さの残るほっぺたしててたまらん気持ちになる。一方で足捌きがめちゃくちゃ華麗で本当に素敵なんです。ロケットでも抜群の可愛さを振り撒いているのでぜひご注目ください!

次に研2 、108期の八重ひめかちゃん!ぱるあみの銀座の場面で大正ロマンな黄色いお着物のso cuteなマネキン少女をやっていたかと思えば、渋谷の場面ではゴスロリツインテにぬいぐるみリュックを背負った地雷系女子、ロケットでは完璧な表情管理と押し出しの強さを感じさせ、どの場面でも抜群の存在感に目を奪われます。キレッキレのダンスに研2とは思えん舞台度胸、とにかくお顔が華やかで可愛すぎんのよ、、、。自分自身で説明のつかない不安を抱えているように見える地雷系女子が悪魔的な魅力に満ち満ちた妖しくもうつくしいカラスの天つ風朱李くんに死へ誘われるところ本当に好き。絶対オペラしちゃう。

最後に研6、104期の月乃だい亜くん。IAFAのホットドッグ売りにエアロビ、ピガールの酔っ払いにエルピのヴァイオリン弾き。どの公演でもいつも目を引くおもしろ群衆芝居を見せてくれるだい亜くん。最近、どんどんお兄さんになってきたなと思っていたら、STAY TUNE選抜入り嬉しすぎて普通に泣きました。いつもにこにこ笑顔がかわいいだい亜くんがキリッと男役としてのかっこよさを見せつけてくれるの命助かりすぎ。しかし、あの朗らかさは才能だな〜!客席降りでもにこにこ笑顔と艶っぽい流し目のコンボで周囲の観客をめろめろにしているところを観測して罪深かったです。

新しさと懐かしさが共存する楽曲たち

上記のように、ショーでありながら芝居心がふんだんに取り入れられた本作ですが、アクセントの効いた選曲の巧みさもとても面白い作品となっています。特に、シティポップを使うのは画期的な発明ですよね!近年の欧米でのブームから再輸入で盛り上がるこのジャンルはリアルタイムで聴いていた世代には懐かしく親しみ深く、ブームから知った若い世代には新しい魅力を感じさせることができ、幅広い客層の宝塚にぴったり。本来、ポピュラー音楽史的にはかなり多様な平成という時代を一曲で表すのってとても難しいのだけど、シティポップをフックにすることで1980年から2017年までぶっ飛ばして繋げることに成功している。これがかなり良かった!

ショー全体として、とにかく要素が多く、見る度に解釈が深まるので何度見ても新鮮に楽しめるのもうれしいところ。個人的にはプログラムを読んでから観るのがおすすめです!

 

②鳳月杏さんって最高

身も蓋もないタイトルで恐れ入ります。ここからはわたしの贔屓である鳳月杏さんスターアングル(人力)での感想をお送りします!

今公演から月組男役の最上級生となり、円熟した男役芸で観客を魅了する一方、まだまだこんな新しい引き出しがあるのか!とファンを驚かせ続けてくださるちなつさん。魅力の底があまりに見えなさすぎる鮮やかさ。今作でもより一層ギアを上げていくお姿に日々、瑞々しい喜びをいただいています。難点としては全ての場面が最高すぎて、感想を書き連ねていたら公演期間が終わってしまいそうなことですかね……。ひとまず、今回は話題の「地獄変」の場面にフォーカスしてみます。

銀座の喫茶店に突如現る芥川

ぱるあみを中心とした明るい銀ブラから一転、カフェでテーブルごと妖しく競り上がってくるちなつさんから「地獄変」の場面は始まります。

一心不乱に原稿用紙に向かう男は、カフェの女給に毎日毎日何を書いているのか尋ねられ、「ーーー『地獄変』、業の深い男の話だ」と答えます。正面を見据えるその三白目は何かに取り憑かれたかのように深い影を落とし、恐ろしい物語を語り始めるのでした。

はい、かっこいい〜〜〜!!!!こんなん全員好きやん。まず、お衣装が着流しなのずるすぎる。スタイルから着こなしまで何もかもが完璧すぎてときめきが止まりません。脚が長すぎて座るとちいちゃくなるところにもときめく。透明感のある暗めの髪色もこの世で一番かっこいいですね。東京宝塚劇場公演では、作品に取り憑かれ、掻き毟ったような乱れ髪になっているのもまた良い。

女給さんたちもそれぞれ良い味を出していて流石の一言。いつもは芥川さんの奇行に引き気味の女給せんりちゃんが宝塚大劇場の千秋楽で「かっこいい……」って言いながら去っていくのも大分面白かったです。気持ちすごいわかる。

真面目に考えると、現実感のある銀座のまちから突然濃密な世界観に入るのに、登場の仕方からかの文豪・芥川龍之介であることが自然と理解できるのすごくないですか?これから一体何が起こるのだろうと観客の心をグッと掴む流れがとても上手い演出ですよね。

短い時間ながら湿度も密度も高いお芝居を見せられるちなつさんと月娘の芝居心、次の場面へスムーズに移っていく空気の動かし方もまた絶妙で確かな技術力の光る場面だと思っています。


そして、始まる『地獄変

とにかく!こんな素晴らしい表現を見せてくださって本当に本当にありがとうございます!!!(オタクはとにかくデカい声でお礼が言いたい)

初めてこの場面を見たときの衝撃といったら……!あまりに重厚かつ圧倒的な世界観に息をするのも忘れてしまいました。耽美でグロテスク、なのに宝塚としてきっちり成立している。ショーの中でも群を抜いて印象深い場面です。

すでにご存知の方も多いかもしれませんが、芥川龍之介地獄変』のあらすじを簡単にご紹介すると

平安時代の伝説的な画師・良秀は、その腕前から大殿様に気に入られていたが、猿のように醜い容姿の傲慢な老人で周囲から気味悪がられていた。

 彼には溺愛する気立ての良い一人娘がおり、大殿様にも気に入られていた。しかし、良秀も娘本人も、その気持ちを受け入れず、大殿様の心象が少しずつ悪くなっていく。

 あるとき、大殿様は良秀に「地獄変」の屏風絵を描くよう命じる。「実際に見たものしか描けない」良秀は、絵の大半は完成させたものの、最後のパーツとして燃え上がる牛車の中で焼け死ぬ貴婦人の姿を描き加えたいが、その目で見ない限りどうしても描けないと訴えた。

 大殿様は、その願いを聞き入れ、牛車に罪人の女房を閉じ込め、火を放つ。しかし実際に牛車の中にいたのは、良秀の娘だった。良秀は娘の焼け爛れていく様子に悲痛な表情を浮かべていたが、次第に恍惚の表情で眺めるようになる。

 こうして良秀は「地獄変」の屏風を完成させ、大殿様に献上する。絵の出来栄えを皆が称賛したが、その翌日、良秀は自ら首を吊って命を絶った。

青空文庫でささっと読めます!

繊細な感情の流れに鳥肌

優れた役者の身体表現によって、この恐ろしくも耽美な物語を追体験する心地は壮絶の一言。何度見てもこんなにも感情の流れが繊細かつ際立って伝わってくることがあるのかと驚いてばかりいます。

冒頭、芥川から良秀への人格のグラデーションもとても自然で、信じられないくらいスムーズに世界観に入っていくのがすごく気持ちいい。どんどん移り変わっていく良秀の感情に対して、ちなつさんの身体が一分の狂いなく動いていることにも驚かされます。ダイナミックさと繊細さの共存する表現とでも言えばいいのでしょうか。あんなにも激しい動きをしているのに、その軸のブレなさと言ったら……!音を的確に捉えながら、すべての表現がマッチしていく身体コントロール力に改めて脱帽です。あと、激しいダンスの中で、乱れつつもかっこいいを常に維持し続けるふんわりとしたアンニュイな前髪の塩梅も天才。

この場面の本質を表現するために頭のてっぺんから脚の先まで、計算し尽くされたうつくしさで満ち満ちている。鳳月さんの卓越した芝居心と身体能力、高い集中力があってこそ表現できる場面だとひしひしと感じています。コンデュルメル夫人といい、ちなつさんと少し毒のある表現の親和性の高さは一体何なんだろう……?最高すぎん……?

ちなみに、自称ネアカのご本人は芸術至上主義の良秀に当初全く共感できなかったと仰っており、マ?みたいな感じで栗田先生に若干詰められていましたが(歌劇参照)、逆にそこからどうやってこの役柄を理解して表現しているのかすごく興味を惹かれました。

しかし、ここの場面の書き込み、異常に深くないですか?もしかして、栗田先生のこだわりのサビ場面だったりします?ちなみにわたしは見ているときに集中しすぎて呼吸止まってるらしく、場面終わるとめちゃくちゃ頭痛くなります。この恋は命懸けってことね、オッケー。

 

視線の巧みさに見惚れる

全てかっこいいのですが、なんと言ってもじっとりと熱のこもった膿んだ眼差しがたまりません!良秀の複雑な性格を瞬時に感じさせる目つきにまとわりつくような色香が溢れ出している。

場面の序盤、天紫さん演じる愛娘に寄り添う姿にも艶がしたたりすぎていますよね。蘭くん演じる猿は「良秀の父親としての情の部分」という解釈だそうですが、ここのちなつさんには大殿様の執着めいた邪念の眼が乗り移っているのではないかと感じています。細く長い指に娘の絹糸のような黒髪が絡まる官能感に色んな意味でオペラ握る手が汗ばみます。手の表情がほっっっんとにうつくしいの。全世界注目。

そして、ここからまたどんどんギアが上がっていくのだから恐ろしい!写実主義的な芸術を追い求めるあまり、何を犠牲にしても自分の納得できる本当の地獄を描きたい。だから(本当の地獄が)見たい、見たいと良秀のグロテスクな欲望が膨らんでいくのが表情から周りの空気から痛いほど伝わってきて、すごくゾクゾクします。

燃え盛る炎で焼かれる愛娘を見て、刹那に正気に戻る眼の凄みよ!ハッと我に返るのが分かる瞬間に垣間見えるイノセントな表情がより一層自分では止められない狂気的な欲望を引き立たせ、最初は感じていたであろう恐れ、怯み、戸惑いが狂気的な業に飲飲み込まれる姿を冴え渡って見せてくれます。

業火を見つめる表情にだんだんうっとりとした官能的な悦びが滲んでくるのもまた怖い。恍惚とした表情で一心不乱に作品を描き上げる姿はどこか人ざる者の雰囲気すら感じる。すさまじく壮絶で息をするのも忘れてしまうくらい。ちなつさんが舞台全体の空気をまるきり作り変えてしまう演者だと心底理解させられる圧倒的な表現でした。

当たり前ですが、ちなつさんはこのときほぼずっと客席の方しか見てないんですよね。なのに、背後で起こっていることが本当に見えているような鬼気迫った表現をしていて鳥肌が立ちます。

総合芸術としての舞台

素晴らしいと一言で言っても、色々な良さがありますが、地獄変の場面を見ると舞台って総合芸術なんだと心底感じられるのが本当に価値のある体験でした。中心を担うちなつさん、月組子、オーケストラ、舞台美術、あの場面に関わる人全員の呼吸がぴったり揃うからこそあんなにも素晴らしい表現ができるんですよね。

今公演で惜しまれながら退団する蓮さん、蘭くんを始めとした月組の誇る個性豊かな生徒たちの活躍も本当に誇らしく、月組の充実を感じます。……なのに!わたしに目が二つしかないばかりに!ちゃんと全体を見られたことがなく、日々、本当に悔しい思いをしています…!それぞれの贔屓をチッケムしてるオタクを集めて、感想をつなぎ合わせるしかないと思うねんな。ほんまに。

個人的には、良秀がおぞましい欲望に身を任せるための最後のひと押しをする真弘蓮くんの業の女がすごく印象的でした。歌、ダンス、芝居、何でもできる男役さんだと思っておりましたが、アクの強い表現も研ぎ澄まされている。

また、赤い布を使った業火のパフォーマンスも見られたことに感謝したい表現でした。布地にラメが織り込まれているのか、ライトが当たると本物の火の粉のようで、より迫力を増します。そこから、盛り上がって盛り上がって盛り上がり切ったラストでモノクロの幕がバンッ!と降りてくる演出のかっこよさは言い尽くせません。幕に映し出されるちなつさんの背中と大きな影がこれまた不穏で、事切れる瞬間まで研ぎ澄まされた表現に鳥肌が立ちます。これからご覧になる方がいたら、後生なので、競り下がりきる瞬間までオペラを手放さないでください。ギリギリの表現を攻める、とんでもない視線の使い方なんよ……!

しかも、この場面の地獄の業火は単純に地獄変の物語を表すだけでなく、現実世界で起こったWW2や関東大震災の炎でもあるという大変クレバーなモチーフの重ね方があっぱれでした。

見終えた後、とにかくどでかいカタルシスが濁流のように押し寄せてきて、劇場を出てからもずっと考えてしまうこんな作品に出会えてとてもしあわせです。グロテスクで悍ましい物語でありながら、タカラジェンヌの清らかさが品格を保つ、清濁合わせ飲んだ表現。うつくしいものの中に含まれる恐ろしさに夢中になる喜びもまた人間の業なのかもしれないと思わされた観劇体験でした。

大千秋楽まであと2週間!ますます深まる舞台を心から楽しみにしております!ではでは、また!